AI CASE
製造業の生成AI活用事例6社——事務所で進んだもの、工場でまだ試しているもの

※ 本記事で紹介する事例は、各社が公表している情報をもとにまとめたものです。当社が支援した事例ではありません。 当社の実績については記事末尾をご覧ください。
「うちは製造業なので、事務の会社とは事情が違います。工場で生成AIをどう使えばいいのでしょうか」
製造業のお客さまから、よくこう聞かれます。オフィスワークの事例は多く出ていますが、ラインや保全の話になると急に見えなくなります。
そこで、製造業6社が自ら公表している情報を並べてみました。すると、はっきりした傾向が出てきました。数字が出ているのは事務所の業務で、工場の現場はまだ試している段階です。 この記事では、その差がどこから来るのかを整理します。
この記事の要点
- 日清食品ホールディングスの資料では、生成AIによる削減見込みが営業部門で25,120時間、生産部門で222時間でした。同じ会社の中で、100倍以上の差があります
- 工場の保全や品質保証に生成AIを入れた日立製作所・ダイキン工業の発表は、どちらも実証実験や試験運用の結果です。本番運用の実績値は、今回調べた範囲では見つかりませんでした
- 日清食品とホンダは、最初は社内で定着しなかったことを自ら書いています。2社とも、現場の人が業務を名指しして使い方を作ったことで動き出しています
- 工場で使うには、その前に熟練者の頭の中にある知識を言葉にする作業が要ります。公表されている事例は、どれもそこに手間をかけています
6社が公表していること
日清食品ホールディングス(食品)
2023年4月にグループ専用の対話型AIを導入しました。2024年3月のIR説明会資料には、部署ごとの年間の削減見込みが載っています。合計は32,591時間で、そのうち営業部門(BS部)が25,120時間、生産部門(HD生産部)は222時間です。
同じ資料では、工場での使い方は「生産工場における是正措置報告プロセスの効率化」として、想定するユースケースの欄に置かれています。つまり、この時点では計画の段階です。
注目したいのは、採用サイトの記述です。導入した当初について、同社は「社内での利用がなかなか広まりませんでした」と書いています。社員が「どう使い、自分の業務にどう活かせば良いのか」を分かっていなかったためです。
そこで全国8拠点の営業からメンバーを選び、日々の業務で非効率だと思うことを書き出してもらいました。そこから約30の業務を選んで、使い方の型(プロンプトのテンプレート)を作っています。営業部門の月別利用率は、資料のグラフで5月の28%から11月の68%まで上がりました。
出典:生成AI活用の取り組み(2024年3月14日 IR説明会資料) — 日清食品ホールディングス/NISSIN AI-chat — 日清食品 採用サイト
ホンダ(自動車)
車の設計に使っている例です。AIと対話しながら、歩行者保護の性能を満たす車体の3D形状を作る技術を開発し、2025年度の社長賞を受けました。デザイナーの意図と安全性能の両立は、これまで担当者どうしのやり取りに時間がかかっていた部分です。
ここでも、定着の話が出てきます。現場への展開を担当したエンジニアは、以前からあったAIツールについて「あまり定着していない状況がありました」と振り返っています。そこで本人が率先してツールを使い、成果を示したところ、周りから「自分も使ってみたい」という声が上がるようになったそうです。
出典:生成AI×レガシーが新たな技術を生む(2026年3月16日) — Honda 採用サイト
ライオン(化学・日用品)
2023年12月に研究ナレッジの検索ツールを導入し、情報を探す時間を5分の1以下に短縮したと公表しています。
同じ資料で、ライオンは限界も書いています。専門知識を前提とした高度な質問や、知識を体系的に整理する必要がある複雑な業務では「依然として課題が残って」いたとしています。背景には、熟練技術者の退職で暗黙知が失われつつある、という問題意識があります。同社はこれを受けて、自社の知識を学習させた独自のAIの開発に進んでいます。
出典:独自AIで「ものづくりDX」を加速(2025年10月8日) — ライオン
旭化成(素材・化学)
2024年12月の発表で、3つの使い方を挙げています。
1つめは材料の新しい用途探しです。ある材料では、候補の選別にかかる時間が従来の約40%に短くなりました。2つめは、書類作成や社内資料の検索です。業務全体で月2,157時間の短縮とされています。3つめは書類監査への対応で、年間1,820時間の短縮です。
工場については、作業前にリスクを洗い出す「危険予知」の活動に生成AIを使うとしています。熟練社員の高年齢化と退職で、そのノウハウの継承が課題になっているためです。
出典:生成AIを新規用途探索の自動化や製造現場の技術伝承において活用開始(2024年12月9日) — 旭化成
日立製作所(電機)
大みか事業所の品質保証部門で、機器の故障やトラブルの問い合わせ対応に生成AIを入れました。これまでは、過去の膨大な事例から参考になるものを探すのに熟練者の勘が必要で、若手がすぐに対応するのは難しかったそうです。
2024年10月から2025年3月までの実証実験で、情報の検索時間を約9割、分析とレポート作成の時間をそれぞれ8割以上削減できたとしています。2026年度をめどに、事業所全体の品質保証業務に広げる予定です。
目を引くのは準備の中身です。熟練者と一緒に、実際の業務を想定した質問と模範解答のペアを100件以上作っています。これが評価の基準になり、熟練者の視点で繰り返し直せるようになったと書かれています。
出典:大みか事業所において、熟練者の経験・知見に基づいた判断を生成AIで再現(2025年6月26日) — 日立製作所
ダイキン工業(機械)
工場の保全技術者が設備の故障を見つけたとき、原因と対策を答えるAIを日立製作所と開発しました。ポンプやバルブの故障などが対象です。
事前の検証では、10秒以内に90%以上の精度で答えられることを確認したとしています。ただし、この検証は5つの設備についてそれぞれ5件の故障を想定し、熟練した保全技術者2名が評価したものです。2025年4月から9月までを試験運用の期間としていました。その後の結果は、今回調べた範囲では公表を確認できていません。
出典:ダイキンと日立が協創、工場の設備故障診断を支援するAIエージェントの実用化に向けた試験運用を開始(2025年4月22日) — ダイキン工業
6社に共通していたこと
1. 数字が出ているのは、事務所の業務です
削減時間が実績として公表されているのは、営業の資料作成、書類作成、社内資料の検索、書類監査といった事務所の業務です。工場の保全や品質保証の事例は、どれも実証実験か試験運用の結果でした。
日清食品の資料はこの差をいちばんはっきり示しています。同じ会社で、同じツールを配って、営業は25,120時間、生産は222時間です。
私たちは、この差を「工場はAIに向かない」とは読みません。事務所の業務は、文書を読み書きする仕事がもともと多く、汎用の生成AIがそのまま役に立ちます。工場の判断は、設備や製品ごとの知識に深く依存しています。そこに届くには、次の2つめの準備が要ります。
2. 工場で使うには、先に知識を言葉にしています
日立は模範解答を100件以上作りました。ライオンは汎用のAIでは高度な質問に答えられないことを認め、自社の知識を学習させる方向に進んでいます。旭化成とダイキンも、熟練者のノウハウの継承を目的に掲げています。
どの会社も、AIを入れる前か同時に、熟練者の頭の中にあるものを文書にする作業をしています。生成AIは、書かれていない知識を使うことができません。工場で成果が出るまでに時間がかかるのは、この作業が必要になるためだと考えます。
3. 定着させたのは、現場の人です
日清食品は、営業の現場から人を集めて業務を書き出させ、型を作りました。ホンダは、現場のエンジニアが自分で使って成果を見せました。どちらも、IT部門がツールを配っただけでは広がらず、業務を知っている人が使い方を作ったところから動いています。
数字を読むときの注意
実績と見込みを分けてください。 日清食品の32,591時間は「削減見込み」と書かれています。ダイキンの90%以上は、5設備×5件の事前検証での数字です。日立の約9割も実証実験の結果です。どれも「こうなる可能性が確認された」という意味で、全社で毎年その時間が減っているという意味ではありません。
1人あたりに割り戻せない数字が多いです。 今回の6社は、削減時間の分母になる人数を書いていない場合がほとんどでした。旭化成の月2,157時間も、何人の社員の合計かは分かりません。自社と比べるときは、規模の違いに気をつけてください。
うまくいかなかった事例は、ほとんど表に出ません。 日清食品とホンダが定着の苦労を書いているのは、むしろ珍しいことです。「工場で試したがやめた」という話は、公表情報からは拾えませんでした。この記事の見立ても、うまくいった会社の記述から逆に読んだものです。
自社ではどう読むか
製造業で生成AIを始めるなら、私たちは2つの道を分けて考えることをおすすめします。
1つめは事務所の業務です。 営業資料、報告書、社内資料の検索、監査の書類など、文書を扱う仕事から始めます。汎用の生成AIで成果が出やすく、6社の実績もここに集まっています。日清食品のように、現場の人に「非効率だと思うこと」を書き出してもらい、業務を名指しするところから始めてください。
2つめは工場の業務です。 保全、品質保証、危険予知など、熟練者の判断に頼っている仕事です。ここはAIを入れる前に、熟練者の知識を言葉にする作業から始めます。日立が作ったような「質問と模範解答のペア」を、まず20件でも書いてみることが第一歩になります。これはAIがなくても、若手の育成資料として役に立ちます。
2つを同じ計画に入れると、工場側の遅れが「生成AIは使えない」という評価につながりがちです。進む速さが違うものとして、最初から別々に計画を立てることをおすすめします。
※ 記載の数値は各社の発表時点のもので、見込み値や実証実験の結果を含みます。最新の内容は各社の公表情報をご確認ください。
※ 本記事で紹介する事例は、各社が公表している情報をもとにまとめたものです。当社が支援した事例ではありません。
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